新たな時代における学長の役割とはどういったものか。この難しい問いからスタートした桐蔭横浜大学学長森朋子先生と山梨学院大学学長青山貴子の対談後編。さらに掘り下げて、お2人には「自分らしい学長像」についても語っていただきました。これからの2大学の連携の可能性も含めた、未来に向けた対談をお届けします!
PROFILE
桐蔭横浜大学 学長 森 朋子
関西大学教育推進部教授を経て、2020年度に桐蔭学園に着任。桐蔭横浜大学副学長を就任後、2022年度から現職。教育研究開発機構 機構長を兼務。専門は人の学びの構造やプロセスを解明する学習研究であり、児童?生徒?学生を対象とした小学校から大学までの幅広い学びと成長を対象とする。ケルン大学哲学修士、大阪大学修士?博士(言語文化学)。
山梨学院大学 学長 青山貴子
東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。2009年に山梨学院大学へ着任後、学習?教育開発センター長、教育研究担当副学長を経て、2022年度から現職。専門分野は社会教育?生涯学習?メディア文化史。
大学同士で連携した学び合いを構想
― 大学の役割も変わっていく中で、学長の役割とはどういったものだと思いますか?
青山 学長の役割は、わかりやすいメッセージを発信していくことだと思っています。教員のみなさんひとりひとりが「こんなふうに学生を育てたい」という教育観を持っており、さらにそのためのノウハウも積み重ねてきています。しかし、先生方がバラバラな方向を向いていると、組織として大きな駆動力は発揮しにくくなります。先生方が同じベクトルを向けるように、わかりやすい方向性を示していく学長の役割は大きいと考えています。
森 学内のコミュニケーションは、すごく重要ですよね。すべての先生方が目の前の学生の成長のために本当に一生懸命取り組んでいます。だからこそ、「こちらに進みましょう」と道を明確に示していくことは、大学をよい方向に進める上で学長の欠かせない役割ですね。
青山 教育目標などはどの大学でも示していますが、そこでは往々にして抽象的な表現を使いがちです。普遍的である一方で、それぞれの解釈を生み出しやすい傾向がある。そのため、必要なこととは「目標を実現するために、これをします」という具体的な協力のお願いがをすることだと考えています。その伝わりやすさをきちんとコントロールすることが、学長の役割ではないでしょうか。
森 私は最近、「学長はこんなこともできるんだ!」と気が付いたことがあったんです。それは他大学にも仲間を増やして、よい方向に日本を変えるということ。少し大げさですが、学長になれば本学の学生だけでなく、同じような伸びしろを持った日本中の学生たちの成長を促していくことができると思うのです。これは日本の国力に絶対につながることです。青山先生と連携して可能性をより広げていきたいと考えています。
― 異なる大学同士でどのようなコラボレーションができると構想していますか。
青山 学生が4年間1つの大学で過ごしていると、自分の世界だけで閉じがちです。自分自身や自分の置かれた状況を相対化するために必要なのは、他の環境はどうかを知ることです。学生にとって、異なる大学に赴き、さまざまな学生と会って話したり交流したりすることはとても有効なことでしょう。
こうした越境の体験をすることで、改めて自分自身や置かれている環境に気付くことができます。これは、海外に行った時に日本の良さや特徴に気づくのと同様の効果があると思います。異なる大学や学生に触れることで改めて「自分は大学でこういうことをしたいんだ」と気付けるのではないでしょうか。
こうした大学間の交換留学のような仕組みは、価値観が同じ方向を向いている大学同士であれば大きな効果が期待できると考えています。
森 山梨学院大学と本学は地域での活動に力を入れている大学同士なので、それぞれの地域に出る体験を積めることも魅力ですね。本学が置かれた横浜の地と、山梨学院大学が置かれた山梨の地とでは、地域の特徴やそこに住む方々の傾向も課題も異なるでしょう。つまり、2つのエリアを経験することで倍の学びを得ることができるのです。
こうした取り組みは、学内の活性化にもつながっていくと思います。越境し続けるわけではなく、元の居場所と異なる場所とを往還することで、越境の効果が生まれます。異なる場所へ行って帰ってくることで、新しい自分になっていることに気づくことができるでしょう。ちなみに私は、人事の交流もしてみたいと思っています。
青山 本学では、以前職員の採用時に学外へのインターンシップをお願いしていました。学内にいると気付けないことがたくさんあるので、こうした仕組みは非常に重要だと思っています。「この点は自校のほうがよかった」という思いを持つのも大切なことですし、もちろん「ここは足りない」「参考にしたい」という点を持ち帰ってきてもほしいとも思っています。
森 例えば、まずは小学校の先生の人事交流を進めてみるのはいかがでしょう。私学の場合には公立と違い、人事異動がありません。実は、若手の先生から外に勉強にいくチャンスがほしいという声もあがっているんです。
青山 おもしろいですね!小学校の置かれた環境も子どものキャラクターも異なるでしょうし、勉強になりますよね。
学長の役割は「他人の家の冷蔵庫を開けて料理を作る」こと
― “私らしい学長”とはどういった存在だと思いますか?
青山 学長の役割としては、当然ながら高い視座を持ってビジョンを遂行する力強さも期待されていると感じます。それに加えて、私らしい学長像として2つのポイントがあると考えています。
1つ目は、現場感です。私は一学部の教員として本学に就職し、学部の先生方と一緒に汗をかいてきたので、学長になった今も現場感を持っていますし、それを大事にしたいと考えています。学長としての目線と教員目線とのチューニングを図っていきます。
2つ目は、「しなやかさ」です。大きなビジョンがあり、そのために計画を立てて、数値目標に照らし合わせて実行していくこともすごく大事だと思います。もちろんそうした遂行する力を持ちつつ、どこまでそこからあぶれた“ゆらぎ”を回収できるかを大事にしたいんです。予定調和でない部分や計画外の部分に、その大学ならではの風土や個性があらわれます。もしそこに課題が表出したら、それこそが「組織の個性」だと思います。これをどうやったら生かしていけるのか、しなやかさを持って対応していきたいと考えています。
学長としての期待や役割もありますが、学生自身も、教職員も、そして私自身も自分の持っている種を大切にしながら成長していけるといいですよね。
森 しなやかさという表現は、青山先生にぴったりですね。私は本学に赴任して2年半なので、組織を知ったり学生や教職員と対話したりすることを、まだまだ継続させていく必要があると考えています。
ただ、外から来たからこそできることもあるとも思っています。外からきた者が学長になり大学改革を進めることは、比喩的にいうと、よその家の冷蔵庫を開けて料理を作るような感覚に似ていると思います。例えば、冷やし中華を作ることが決まっていたら、冷蔵庫の中を見て、あるものをどうアレンジして作っていくかを考えますよね。また、冷やし中華を作るには「これは絶対に必要」というものもあります。例えば、麺がなければ難しいですよね。だから、調達してくることもあります。「あるものを生かす」という発想と絶対に必要なものは「調達する」ということは、大学の教育の充実を検討していくことと同様ですよね。
また、「10年後にこうなっていたい」という目標を実現するために、冷蔵庫にこんな食材を入れておかなければいけないだろう、という判断もできるでしょう。そうしたジャッジをするのが学長となった私の役割だと思っています。
青山 冷蔵庫を開けて目的の料理を作る力は、プロの学長には不可欠ですよね。就任の時点で100%すべてがカチッとハマった学長になれるわけではありません。色々と探りながら徐々に私らしい学長になっていくということなのかもしれませんね。
変わる可能性を信じ、人の成長を支え続ける
― 学長としての楽しさとはどういったことでしょうか。
森 私は、変える可能性を持てることに楽しさを感じています。ただ、表裏一体でそれだけの責任も負わなければいけないともいえます。私は、これまでずっと、大学改革を担う部門にいました。その中で、組織を動かす難しさを何度となく感じてきたのです。正直にいって、経営的な判断から、諦めてきた改革もたくさんあります。目の前の学生が、もっとよくなる可能性があるのに、大人の都合で諦めなければいけない悔しさを何度となく抱え込んできたんです。今、学長という立場に立たせてもらって、変えられるチャンスがあると強く感じています。
そして、本学だけがよくなればよいということではなく、学長としての活動が広がっていき、将来的に日本を変えるかもしれないと思うとワクワクします。ミクロからマクロレベル、もしかしたらコスモレベルなのかもしれませんが、そうした変化を考えるのが学長としての醍醐味ですね。
青山 私は元々教育学が専門なので、人が人と関わる中で変わっていくことにおもしろさを感じています。学長としての立場でいうと、「大学づくり」といった大きなスクープになることが多いと思うのですが、私は学生も教職員もひとりひとりがどう変容していくのかを見ることが心から楽しいんです。成長や変容におもしろさを感じていることはずっと変わらないので、教室でやってきたことが、学部視点になったり大学視点になったりしているだけなのかもしれませんね。そういう意味では、マクロで見るかミクロで見るかの違いで、一教員から立場は変わりましたが、楽しさを感じる源泉は同じなのだと思います。
― 一方でプレッシャーや大きな責任もお感じではないかと思います。
青山 学長は大学の中ではトップの責任者ですが、法人全体でいうと、一学校種のリーダーという存在です。そのため、一授業から大きな法人としての構想の間に自分は立っているという思いが強いんです。法人として学生にはこうあってほしいという物語と、学生ひとりひとりの成長の物語とがつながらないと、歪みが生じてしまいます。双方のストーリーをつなげていくことが、学長としての大きな責任だと思っています。
森 私は学習を専門としてきたので、「理論上はこれでうまくいくはず」という考えはたくさんあるんです。ただ、現場におろしてみると私が読みきれていない、多様な要素が出てくる可能性があります。現在、教職員とできるだけフラットなコミュニケーションをとれるようにSlackを活用しており、その中で執行部が何を考えているかを伝えています。「10年後のビジョン」なども提示しているので、確度高く長期スパンで見通していかなければいけないというプレッシャーはあります。
― お2人の展望を教えてください。
青山 「風通しをよくしたい」とを考えています。学内全体も、教職員組織も、学生同士も、学内と学外でも、風通しをよくしていきたいと考えています。その中でも、大きく3つパターンの風通しのよさを実現したいと考えています。
1つ目は、大学界全体の中で本学の風通しをよくしていくことです。業界の風を見て、自分たちのポジションを定めながら、それを発信していきたいと考えています。
2つ目は、学内で私が思っていることを伝え、学生や教職員が思っていることも伝わるような風通しのよい仕組みを作ることです。
3つ目は、学生同士の風通しのよさです。現在、本学は学部ごとに固まりがちです。そのため、留学生が増えてきているにも関わらず、なかなか相互の交流を図ることができていません。国際共修の授業は展開していますが、授業外の場面でもそのコンセプトを具現化する場面をどんどん生んでいきたいと考えています。多様な学生同士が交流し合える仕掛けづくりも、目指している風通しのよさの1つです。
世界全体の潮流があり、その中で本法人がどのようなポジショニングになっていくのか。まだまだ未知数の部分も多いです。しかし、どんな状況がきても、受け入れ、軽やかさを持って対応できるよう、さまざまな層での風通しをよくしていきたいと考えています。
森 青山先生のしなやかさは、女性だからなのか、人格なのか、パーソナリティなのか、わかりませんがとても素晴らしいですね。これからの本学は、資質?能力ベースの教育が大きな鍵を握っており、本学のMASTプログラムは今年度から始動し、来年度から全員必修になります。こうした取り組みがいったいどう受け取られて、どう学生が育っていくのか、まだわかりません。楽しみながら組織で乗り越えていきたいと思っています。
青山先生や私が目指す資質?能力ベースの教育や学生中心主義が成功すれば、いろいろな大学も賛同し、日本の教育を変えるきっかけになると考えています。ただ、万が一うまくいかなかったら、「やはり大学は学問中心にすべきだ」という風潮になりかねません。そういう意味では、ぜひここで成果を出したい。私にどれだけ学長としての時間があるかわかりませんが、青山先生とともにディスカッションを重ねながら、学生の成長を実現していきたいと考えています。
青山 今回お話をさせていただいて改めて、森先生はすごくスケールが大きい方だなと思いました! 桐蔭横浜大学のことだけではなくて、大学界全体、日本全体のことを考えていらっしゃる。ぜひ、たくさんの連携を生み、学生の資質?能力を育んでいきたいと思っています。